世界一周2回目後半 no.36 – ルアンパバーン近郊を巡るツアー その2:パックウー洞窟【2026年4月4日】

メコン川の船上から見るパックウー洞窟 ラオス
メコン川の船上から見るパックウー洞窟

「象使いの里」で昼食

クアンシーの滝(Kuang Si Falls)を出発し、次に目指すはパックウー洞窟(Pak Ou Caves)です。でもその前に昼食です。昼食の場所はマニファ・エレファント・キャンプ(Manifa Elephant Camp)、ラオス伝統のマホート文化(Mahout Culture、家族単位でゾウと生活する東南アジアの伝統的な象使い文化)とゾウの生活を体験できる場所です。とはいっても、今回のツアーでは食事に寄っただけですが。

ビュッフェ形式の食事は結構美味しく、ビールなどの飲料も自由に飲めました。満足度は高かったです。
さすがは象使いの里、マホート文化に触れる時間はありませんでしたが像に触れることはできました。象の皮膚って、結構固いのですね。

この食事の最中、たまたま近くの席に座った東洋人の老年のカップル、最初は中国系(本土というよりはシンガポール人か香港人的な雰囲気です)の方かと思っていたら、なんと日本人でした。英語のツアーに個人旅行の老年日本人が参加していたので驚きました(考えてみれば私もこのカテゴリーなのですが…)。興味を持って話すと、ご主人は生粋の日本人、奥様は中国系の方でした。お二人の間の会話は日本語と英語と中国語が混ざっていました。新潟在住だそうです。こうしたツアーでは本当に様々な人に出会います。

メコン川からパックウー洞窟へ

マニファ・エレファント・キャンプでの食事を終え、つぎの目的地パックウー洞窟(Pak Ou Caves)へと向かいます。移動手段はバスから小型船に変わり、道路ではなくメコン川を行くことになります。ちょっとした石段を下りて船着き場へ、そこから係留されているボートに乗り込みました。

右側が私の乗った小型船です。
船自体は東南アジアの観光地でよく見かえるタイプです。前半分は屋根がなく、開放感の高い席です。私は日に焼けたくないので屋根の下、その中で最前列の席を確保しました。

メコン川はやはり大河、川幅は広く水は泥が混じったような茶色です。物流の動脈でもあり、私の乗っている観光船だけではなく、物資運搬用の中型船も見かけます。ヨーロッパのライン川で見かけるような大型の運搬船(もちろん河川航行用の大型船です。海洋の大型船とは全く違います)は見かけませんでした。

パックウー洞窟とは

やがてメコン川の川岸が切り立った崖となってきます。すると右岸にパックウー洞窟が見えてきました。本投稿記事のトップ写真がまさにその光景です。まさに絶壁の中に洞窟があり、その中に大量の仏像が安置される宗教的な施設があるわけです。なぜこのような場所にこのような施設があるのか。ちょっと気になりますね。

パックウー洞窟は、メコン川とナムウー川(Nam Ou River)の合流点付近にある石灰岩の山地に形成されたカルスト洞窟です。石灰岩地域では、石灰岩が地下水などによって徐々に溶かされて空洞が発達します。これが地質学的にいうカルスト地形です。パックウー周辺の洞窟群も、地下水などによる石灰岩の溶食作用によって、長い時間をかけて形成されたカルスト地形と考えられます。

ではその洞窟に何故数多くの仏像が置かれているのか、次にくる疑問です。誰かが一度に何千体もの仏像を置いたわけではありません。仏教がこの地域に広まった後、信者が功徳を積むために仏像を少しずつ奉納していった結果が今の姿ということになります。仏像はすべて同じ時代のものではなく、長い年月にわたって奉納されてきたものです。

ラーンサーン王国(Kingdom of Lan Xang、14世紀に建国されてこの地を支配し、現在のラオスの歴史の基礎となった王国)の時代には王室とも深い関係を持つ宗教的な場所となり、後にはこの地におけるラーンサーン王国の後継となったルアンパバーン王国の王室にも受け継がれ、重要な宗教儀礼の場となりました。特にラオス正月には、かつて王族が僧侶や人々を伴って洞窟を訪れ、仏像に水を掛ける儀式を行っていました。

さらに、洞窟周辺では仏教以前のものとみられる岩絵も確認されています。このことからは、この場所が仏教の伝来以前から人々にとって特別な意味を持つ場所だった可能性が指摘されています。パックウー洞窟は、古くからの自然信仰とみられる信仰、仏教、そして王室の伝統が重なり合って形成された、宗教的にとても深い意味を持った場所と考えることができます。

パックウー洞窟:上の洞窟

パックウー洞窟には上の洞窟(Upper Cave)と下の洞窟の二つの洞窟があります。この記事のトップ写真を見ると、白い階段が船着き場の真上と左上に分かれて延びているのがわかると思います。真上に延びる階段は下の洞窟に繋がっており、左上に延びる階段が上の洞窟へと繋がっています。

先憂後楽ということで、まずは左上に延びる階段を上がり、上の洞窟に行ってみることにします。階段は歩きやすいのですがやはり登り、それなりに疲れます。少しだけ息を切らしながら上の洞窟に到着しました。

上の洞窟に続く階段です。それ程の距離はありませんがいかんせん登り、それなりには疲れます。

洞窟の入口には立派な装飾が施された門があり、入口付近には以下の写真のような大きな金色の仏像が鎮座しています。門の内部は奥行きのある空間になっており、洞窟内には大小さまざまな仏像が安置されていました。

上の洞窟が特に重要なのは、1975年のラオス王制の廃止まではラオス正月(ピーマイ(Pi Mai Lao)、太陽の運行を基準にしたラオス独自の伝統暦に基づく新年で、4月14~16日に当たります)に王族がここを訪れ、僧侶や人々とともに仏像に水を掛ける儀式を行っていたことです。現在でもこの伝統は続いており、かつての王族の代わり政府高官、僧侶、ミス・ピーマイ・ラオなどが水掛けを行っているそうです。

パックウー洞窟:下の洞窟

上の洞窟の探訪を終え、下の洞窟に向かいます。上の洞窟とは対照的に、こちらは奥深い洞窟というより岩壁の隙間の台地的な場所です。内部の傾斜した壁面に設けられた棚や台の上に、大小さまざまな仏像が並んでいます。

仏像だけではなく、仏塔も置かれています。仏像は総計で4,000体が納められているそうな。
目と口の造形が面白い表情を作り出している仏様です。
人々がいかにも持ち寄った感の漂うバラエティに富んだ仏像の数々です。

上の洞窟は、階段を登った先にある暗い洞窟の内部に仏像や祭壇などが置かれ、かつてはラオス正月に王族が訪れて仏像に水を掛ける儀式を行った、宗教的な性格の強い場所です。もう一方の下の洞窟ですが、開放的な岩肌に長い年月にわたって人々が奉納してきた仏像が並ぶ、素朴な信仰心に根差した空間という印象です。同じ場所にある二つの洞窟ですが、受けた印象は随分と違うものでした。

メコン川経由で次の目的地へ

上下二つの洞窟の見学を終え、桟橋に停泊する船に戻ります。有名な観光スポットですから、待っているのは我々の船だけではありません。決められた時間内に不燃い戻り、全員が揃ったところで次の目的地、ウイスキー・ビレッジ(Whisky Village)に向けて出発です。もちろんメコン川を船で向かいます。

パックウー洞窟下の桟橋に停泊する観光船です。

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