世界一周2回目後半 no.28 – ジャカル中心部で思い出に浸る【2026年3月30日-4月1日】

アヤナ・ミッドプラザ・ジャカルタの客室からの眺め インドネシア
アヤナ・ミッドプラザ・ジャカルタの客室からの眺め

ジャカルタ中心部に位置する5つ星ホテル

バリ島からジャカルタ(Jakarta)に戻り、二泊した後にシンガポール経由でタイのバンコック(Bangkok)に行く予定です。ジャカルタでの宿はアヤナ・ミッドプラザ・ジャカルタ(AYANA Midplaza Jakarta)、ジャカルタ中心部に位置する5つ星ホテルです。

さすが5つ星、いいホテルであったと思います。もし再度ジャカルタを訪れることがあればまた泊まりたい、そう思わせてくれるホテルでした。気に入った点は幾つもあるのですが、まずは部屋のトイレ、温水洗浄便座が付いていました(下の写真です)。日本以外の国で温水洗浄便座が付いていたのは初めてです。これは嬉しかったですね。

温水洗浄便座のコントロールパネルです。ビデ付きで類似の機能を代替させたことはありますが、そのものズバリは初めてでした。

朝食のクオリティが高いのもポイント高しです。私は洋食もしくは現地インドネシア食中心だったためあまり食べませんでしたが、和食メニューも充実していました。日本人の客も多いようで日本語表示も多く見ました。トレーニングジムの充実も私的には嬉しいところです。特にランニングマシンの数もそれなりで、待つことはありませんでした。

朝食の会場です。日本語の暖簾が見えますね。
トレーニングジムの内部。マシンはそれなりに充実しています。

ジャカルタは初めての海外出張・英語プレゼンの地

35年近くも以前のことなので記憶が定かではないのですが、私の初めての海外出張はジャカルタでした(多分)。APEC(Asia-Pacific Economic Cooperation、アジア太平洋経済協力)関連の会議に出席し、エネルギー関連のプレゼンテーションを行う役割を負わされました。完全読み上げ原稿を作成して、同時期に開催される別会議に参加予定の先輩(英語が堪能な方でした)の部屋(同じホテルに泊まっていました)に夜間お邪魔し、添削をお願いしたのは良い思い出です。

読み上げ原稿を準備して会議に臨みましたが、とにかく緊張したことを覚えています。会議終了後、参加者から「Good job」と親切な声を貰い、ホッとしました。その後数えきれないほどの会議を英語で熟してきましたが、最初の経験は強く印象に残るものですね。さらにその日の晩、食中りをしたのか酷い下痢となり、海老のように背中を丸めてベッドの上で一晩中唸っていたことも強い印象の背景となりました。

その時に泊まったホテルがホテル・インドネシア(Hotel Indonesia)でした。日本の戦後賠償を活用して建設されたインドネシア初の5つ星ホテルです。この説明もその時に聞きました。ジャカルタを訪問して時間に余裕があれば是非再度ホテル・インドネシアを訪れたいと思っていました。今回は絶好の機会です。そこで行ってみることにします。

思い出のホテル・インドネシア

あの当時のホテル・インドネシアは、ホテル・インドネシア・ケンピンスキー・ジャカルタ(Hotel Indonesia Kempinski Jakarta)となって現在も営業しています。アヤナ・ミッドプラザ・ジャカルタからはセティアブディ・アストラ駅(Setiabudi Astra Station)から南北線(North–South Line)に乗り、終点のブンダランHI駅(Bundaran HI Bank Jakarta)で降ります。

南北線を走る列車の内部。比較的綺麗です。終点近くのので乗客は疎らでした。

ブンダランHI駅を降りれば歩いて直ぐにホテル・インドネシア・ケンピンスキー・ジャカルタに行き着きます。建物を見て思い出しました。確かにこの建物に泊まりました。ロビーに入ってみました。内部は綺麗に使い込まれており、内装や使われている椅子や机が歴史と由緒を感じさせてくれます。あの当時も新しくはなかったのですが、今となっては古さは否めません。それでも、そのままに残り営業している姿を見ると何んともいえない感慨を覚えます。

かつてのホテル・インドネシア、現在のホテル・インドネシア・ケンピンスキー・ジャカルタです。

ホテルはブンダランHI(Hotel Indonesia Roundabout、ホテル・インドネシア前の環状交差点のことです)に面しています。ブンダランHIの中央に1962年のアジア競技大会を記念して建設された「スラマット・ダタン・モニュメント(Welcome Monument)」が立ち、右側にはマンダリン・オリエンタル・ジャカルタが見えています(下の写真です)。

あの当時にもマンダリン・オリエンタル・ジャカルタはありました。その当時でも古かったホテル・インドネシアとの対比で綺麗なホテルだと思った記憶が残っています。今見ると、やはり建物に古さを感じます。35年の歳月は伊達ではありませんね。

中央の塔がスラマット・ダタン・モニュメント、両手を上げて歓迎する男女を表した像です。

エア・アジア便、突然のキャンセル

ジャカルタからシンガポールへはスカルノ・ハッタ国際空港(Soekarno–Hatta International Airport)16時40分発のエア・アジア(Air Asia)便で向かう予定です。チェックアウト日の2026年4月1日は極力遅めの朝食を取り、ゆっくりと空港に向かう予定を考えていました。ところが、「URGENT : AirAsia Flight Cancellation Notice」と題する以下のメールが3月27日に届いたのでした。

エア・アジアからの搭乗便キャンセルを知らせる緊急メール(抜粋)。Booking numberは消してあります。

要は私の予約便である16時40分ジャカルタ発シンガポール行きの便はキャンセルされ、同日の7時発の便を替わりに用意するとのこと。対応が難しい場合には払い戻し(もちろん無料です)にするか新たな予約を取り直せ(希望の便が取れるかは?)とのことです(このくだりは上記掲載メール文からは切れています)。

マジかと思いました。このようなショートノーティスでは便の取り直しは大変に困難です。提示された代替便に乗るしかありません。で、これが朝の7時発、国際線であることを考えれば空港に5時過ぎには到着したく、したがってホテルを4時30分頃には出る必要があります(当然朝食は食べれません)。もちろん交通手段はGrab一択です。

シンガポールからジャカルタへの往路のエア・アジア便も2時間以上遅れての出発でした(時刻は24時を過ぎていました)。今度はキャンセル、私の中でのエア・アジアへの信頼は地に落ちました。

ホテルから望外のランチボックスを貰う

4月1日は早朝というか未明のチェックアウトになります。事情を話しフロントにその時間でもチェックアウトが可能か確認すると大丈夫とのことでした。さらに、朝食が食べられないことからランチボックスの用意が可能であるとのこと、ありがたくお願いしました。

当日、4時半前にもかかわらずフロントには係員が立っていました。問題なくチェックアウトをし、ランチボックスを受け取りました。下の写真の内容で、空港で食べましたがとても美味しかったです。こういき心遣いは嬉しいですね。

朝4時30分頃のフロントです。係員はスタンバイしています。
いただいたランチボックスの中身。ありがたく空港で食べました。

このような時間でもさして待つことなくGrabで車を呼ぶことができました。空いている道路を車は疾走し、十分な余裕をもって空港に到着できました。

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