国立9月11日記念館・博物館
ワールド・トレード・センター地区に向かう最大の目的は9/11 Memorial & Museum(国立9月11日記念館・博物館)を訪れることです。9/11 Memorial & Museumははその名のとおり、MemorialとMemorial Museum二つの施設の集合体です。
9/11 Memorial(9/11メモリアル)は追悼施設です。ツインタワーの跡地に設けられた二つの巨大なプールで、プールには滝のように水が流れ落ちています。プールの周囲には犠牲者の名前が刻まれています。プールを囲む木々や広場は、巨大なビルが立ち並んでいた場所とは思えないほど静かで、ニューヨークの中心部にありながら独特の厳粛な空気が漂っています。
一方で、9/11 Memorial Museum(9/11メモリアル・ミュージアム)はメモリアルの地下に設けられた博物館です。当時の写真や遺品、建物の残骸などを通して、事件の経緯と犠牲者について詳しく知ることができます。こちらの方は入場は有料です。料金は通常の大人(18~64歳)でUSD36、65歳以上シニアはUSD30です。公式チケットサイトでweb購入できます。

ホテルからは、バスと地下鉄E線を乗り継いでワールド・トレード・センター駅(World Trade Center)まで行きます。駅からは、Oculus(オキュラス)などがあるワールド・トレード・センターの地下・地上施設を抜けて向かいます。この辺りのことは前回の投稿記事を参照してください。
9/11メモリアル・ミュージアム
9/11メモリアル・ミュージアムに入ると、壁面に掲げられた言葉が目に入ります。ローマの詩人ウェルギリウス(Virgil)の著作からの引用で、「No Day Shall Erase You From the Memory of Time(いかなる日も、あなたを時の記憶から消し去ることはない)」と書かれています。この文字は、9/11で損傷したワールド・トレード・センターの鋼材を用いて制作されています。
その周囲は2,983枚の青い水彩画で覆われています。作者はスペンサー・フィンチ(Spencer Finch)、作品の名前は「Trying to Remember the Color of the Sky on That September Morning(あの9月の朝の空の色を思い出そうとして)」です。2,983という絵の数は、2001年9月11日と1993年のワールド・トレード・センター爆破事件の犠牲者の数です。

巨大な鉄骨や残骸の展示
9/11 Memorial Museumには、崩壊したワールド・トレード・センターから回収された巨大な鉄骨や残骸も展示されています。写真はワールド・トレード・センター北棟の屋上に設置されていた通信アンテナの一部です。激しく折れ曲がり、ねじれた鉄骨や配線などが塊となった姿からは、建物の崩壊がもたらした破壊の大きさを直接感じ取ることができます。博物館は9・11の出来事を単なる映像や写真だけではなく、現場に残された実物によって起きたことを伝えてくれます。

下の写真は博物館のFoundation Hallに立つ「Last Column(最後の柱)」です。高さ約11m(36フィート)のこの鋼柱は9・11後の9か月に及ぶ救出・復旧作業を通じて現場に残り、2002年5月30日にグラウンド・ゼロから最後に撤去されたワールド・トレード・センターの鋼材となりました。作業員や消防士、犠牲者の家族らによって写真やメッセージ、記念品などが柱いっぱいに書き残されており、現在もそのまま展示されています。

崩壊した建物の残骸だけでなく、犠牲者一人ひとりの人生にも焦点が当てられます。犠牲者の写真や経歴、家族や友人との思い出などを通して、それぞれがどのような人生を歩んでいたのかが紹介されていました。また、事件発生時に救助活動にあたった消防士や警察官、救急隊員らの行動も詳しく展示されていました。
9/11メモリアル
2001年9月11日の同時多発テロで崩壊したワールド・トレード・センターのツインタワー跡地には、二つの巨大な正方形の水盤が設けられています。かつて南北のタワーが建っていた場所に設けられ、水は四方の壁面を滝のように流れ落ち、中央にはさらに深い正方形の空間が設けられています。ここにある二つのプールが追悼の場としての9/11メモリアルを構成しています。
プールの縁には犠牲者の名前が刻まれており、絶え間なく流れ落ちる水は、失われた命を静かに悼むかのようです。プールを囲む木々や広場は、巨大なビルが立ち並んでいた場所とは思えないほど静かで、ニューヨークの中心部にありながら独特の厳粛な空気を感じさせてくれました。

グラウンド・ゼロで感じたこと
展示は、2001年9月11日に何が起きたのか、その直後にニューヨークやアメリカがどのように対応したのかを、写真、映像、遺品、証言などを通して詳しく伝えています。特に、犠牲者や消防士、警察官、救助に携わった人々の姿に焦点を当てた展示からは、惨事の大きさと、それに立ち向かった人々の勇気が強く伝わってきます。
一方で、アルカイダやテロリスト側の背景・動機への言及は、決して皆無ではないものの、かなり表面的で淡々としたものでした。「なぜ、これほどまでにアメリカを憎む人々が生まれたのか」という問いに対する説明や解釈はあまり見ることができず、やや物足りなさが残りました。
9・11の責任がアメリカにあるということではありません。しかし、ビン・ラディンは、サウジアラビアへの米軍駐留、イスラエル・パレスチナ問題における米国の立場、湾岸戦争後のイラクへの制裁などを、アメリカに対する敵意を訴える材料として繰り返し利用しました。さらに遡れば、1980年代のアフガニスタンで、アメリカはソ連軍と戦うムジャヒディンを支援しました。
こうした歴史を振り返ると、9・11は単純に「理由もなくアメリカが攻撃された」という単純な構図では捉えきれないのです。テロそのものを正当化することとは全く別に、なぜアルカイダがアメリカを敵とし、その主張に一定の支持与える土壌が生まれたのか。9・11を理解する上でこうしたことを考える必要があるのではないか。グラウンド・ゼロに立って、巨大な正方形の水盤を眺め、私はそんなことを感じ考えました。



コメント