タイ航空出発遅延の中、まずは空港へ
長かった世界一周旅行、盛沢山の後半戦でしたが帰国の途に就くことになります。チェンライからタイ航空でバンコックまで飛び、そこからはANA便で羽田に、さらにその後に伊丹空港に戻ります。伊丹空港は第1回世界一周前半の出発空港でした。伊丹に帰着することで、前半から含めた第1回世界一周は終わりとなります。
メーファールアン・チェンライ国際空港(Mae Fah Luang Chiang Rai International Airport)までは往路と同様にGrabで向かいます。要は他の適当な交通手段がないのです。結構な余裕をもって空港に着いたのですが、そうしたら何とタイ航空の搭乗便の出発が1時間ほど遅れるとのこと。かなりの時間を空港で潰すことになりました。

それでも、時間ギリギリで焦るよりはのんびりと待つ方が精神衛生上は格段に健康です。時間が余ることを良しとしましょう。
空港内部を歩いて
往路では空港内を時間をかけて見ることはしなかったのですが、飛行機の出発に遅延のあった復路では見てまわる余裕は十分にあります。空港ビルに入ってまず目に付いたのは、とても大きな人の頭のオブジェです。本投稿記事のトップ写真がそれです。
このオブジェ、エンジェル・オブ・チェンライ(Angel of Chiang Rai)と名付けられた、チェンライ周辺の少数民族の女性をイメージした現代彫刻の作品でした。したがって頭の飾りは、特定の一民族の伝統衣装の再現したものではなく、チェンライ周辺の様々な民族の文化を組み合わせたもののようです。
下の写真は2016年10月に亡くなられたプミポン国王(ラーマ9世)の肖像です。花や装飾を施した祭壇形式で掲げられていました。2025年10月にはプミポン国王の妃であったシリキット王太后が亡くなられており、2025年12月のこの時期はシリキット王太后の死去に伴う国家的な服喪期間です。そのためシリキット王太后の遺影はタイ国内随所で見かけましたが、プミポン国王のこのような形での肖像を目にするのは今回のタイ旅行では初めてでした。

プミポン国王は1946年から2016年までの70年間にわたり在位したタイ国王です。国民から非常に強い敬愛を受けた人物であったと思います。また、立憲君主として政治の表舞台に立つことは避けながらも、1973年や1992年などの政治危機では仲介役を果たし、混乱を収拾する政治的影響力を発揮した国王でもありました。2016年の88歳での崩御後、現在でもこうした肖像を目にすることに頷けます。
帰ってきました、伊丹
出発は遅れたもののタイ航空便は問題なくメーファールアン・チェンライ国際空港を離陸し、バンコックのスワンナプーム国際空港(Suvarnabhumi International Airport)に着きました。そこから搭乗する羽田行きANA便の出発は22時過ぎです。バンコック到着が多少遅れても問題ありません。
少し長めの時間をスワンナプーム国際空港のラウンジで過ごし、定刻にANA便にて羽田に向かいました。翌2025年12月10日の早朝、ほぼ定刻に羽田に到着です。そこから2時間の乗り継ぎ時間で伊丹空港行きのANA国内便に搭乗し、2025年6月16日の第1回世界一周前半出発日以来の伊丹空港に降り立ちました。長い長い旅路の終わりです。

第1回世界一周前半出発の際は、伊丹・羽田間搭乗後に成田空港出発でバンクーバーに向かいました。バンクーバーへの出発当日、伊丹から出発するために世界一周とは全くの別便でわざわざ羽田から伊丹に向かいました(伊丹から乗らねばダメと世界一周航空券の発券時に言われたためです)。地味に面倒でした。
今回は旅の終わり、最後の羽田・伊丹便をスキップしても問題はありません(そこで旅が終了だからです)。そんな中で伊丹まで行ったのは、まったくの別件で関西に用務ができたからでした。この用務がなければバンコックから羽田に戻った時点で旅は終了です。


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