ピラールの聖母聖堂
宿を出るとレコレータ墓地沿いに北に向かって歩きます。すると墓地のすぐとなりに白い教会が建っています。何人かの観光客風の人々が建物の中に入っていきます。興味を惹かれた私も彼らを追って中に入りました。

アルゼンチンはカトリックの国、現在のローマ教皇はアルゼンチン出身のフランシスコ教皇です。 2013年に選出され、今も在位しています。ヨーロッパ以外から初の選出と話題になったことを覚えています(古くはローマ帝国内の現在でいう非ヨーロッパ地域出身の教皇もいましたが、ローマ帝国はヨーロッパ扱いになるようです)。ラテンアメリカ諸国の信者の多さも選出の背景にあったといわれていました。
さて、教会の名前はピラールの聖母聖堂(Basílica Nuestra Señora del Pilar de Buenos Aires)です。伝承によれば、聖母マリアは宣教に苦しんでいた使徒ヤコブの前へ現れ、励ましのしるしとして石柱(ピラール)を残したとされます。この伝承に基づく最も有名な教会は、スペインのアラゴン州サラゴサにあるピラールの聖母大聖堂(Basílica de Nuestra Señora del Pilar)で、基本同名です。レコレータの教会も、この伝承を受け継いで名付けられています。


無料で入れた国立美術館
今日の散策の一応の目的地が国立美術館(Museo Nacional de Bellas Artes)です。レコレータ地区にあり、宿から歩いて10分程度の近さです。道中ではフリーマーケットが開催されており(トップの写真がその様子です)、気持ちいの良い散歩径でした。

入場を待つ列に私も並びます。さほど待つこともなく入場できました。入場口には券売機があり、横に係員が建っています。フリーかと聞かれます。券売機を見ると料金表示が0の券に加え、数百円(数千ARS)程度の券の選択があるようです。フリーと答えると、以下の券が発券されました。要は、入場無料です。

名だたる名品が数多く展示
入場して驚いたのですが、マネ(Manet)、モネ(Monet)、ゴーギャン(Gauguin)、エル・グレコ(El Greco)といった名だたる画家の実物作品が展示されていたことです。私にとっての極めつけはグレコの絵です。

なぜ多くの名品がアルゼンチンの国立美術館に所蔵されているのか。それはかつて、アルゼンチンは世界有数の富裕国だったからです。広大な農地を有する大農業国として19世紀末〜20世紀初頭にかけて繁栄を謳歌しました。「母をたずねて三千里」のマルコ少年が向かった先は、母親の出稼ぎ先の国であるアルゼンチン、19世紀の終わり頃のことです。その頃は不況のイタリアからアルゼンチンに出稼ぎに出ていたわけです。
その豊かだった頃のアルゼンチンには、ヨーロッパ近代絵画の名品が多数集まりました。国家主導の文化政策であったり、富裕層による寄贈であったり、またその当時に類似にわたって開催されたパリ万博を通じた収集であったり、方法は様々でした。要は、美術品はお金のある場所に集まるということです。
ちなみに、アルゼンチンの豊かさが陰った背景は、工業化の台頭だったと私は考えています。なまじ豊かな農業大国であったアルゼンチンは、世界の工業化の波に乗り遅れたのです。富の源泉は農業から工業に遷り、さらに現在では情報産業に遷っているというわけです。
アンデスの先史文化が残した仮面たち
西洋美術の名品以上に私の興味を惹いたのは、アルゼンチン北西部の先史文化が残した石製の仮面群の展示です。彼らの生死を司る儀式用に作られ使われたと思うのですが、個々の詳しい来歴は不明です。能書きを抜きに何も考えず、ただ下の三枚の写真に写る顔の表情を見てください。何とも穏やかな表情ですよね。


この美術館でなぜこれらが展示されているのか。これら一群の展示品のある部屋の入口に説明文が掲げられていました。その説明によれば、アルゼンチンという国の文化的な基盤はヨーロッパ人の到来以前から多様な地域文化によって形づくられてきたのであり、そのことを示すために美術品鑑賞という枠を超えてこうした物品は展示されている、ということです。
アルゼンチンの、というかラテンアメリカ先住民の歩んだヨーロッパ人侵入以降の苦難の歴史を思い浮かべると、なんとも微妙なニュアンスの記載です。現代の倫理意識の中で先住民に関すること、それが文化的遺産の展示であってもですが、に触れることは、アルゼンチンでは繊細な配慮を要することなのだと感じました。
歴史を振り返って
総司令官エルナン・コルテスが率いるスペイン軍が、アステカ帝国の中心都市テノチティトラン(現在のメキシコシティ(Mexico City)中心部)へと攻め入る「征服者コルテスの英雄譚」を綴る一連の絵画が展示されていました。下の写真の二枚は、相当数の展示絵の中からの抜粋です。

スペインやポルトガルを中心とするヨーロッパ勢力による征服と疫病の拡大によって先住民の社会は急速に崩壊しました。広大な土地は奪われ、先住民は鉱山や農園の労働者として働くことを余儀なくされます。キリスト教化とヨーロッパ的な行政制度による管理体制の強制は、地域ごとの文化や言語の継承を困難にしました(あくまで私の歴史認識です)。このような思いでこの絵画を征服者の国スペインではなく征服された土地アルゼンチンで見ると、何とも複雑な気持ちになります。
アルゼンチンの芸術家の作品
国立美術館ではアルゼンチンの芸術家の作品も相当数展示しています。下の写真はそれらの作品の中でちょっと気になったものです。

掲示された説明はスペイン語で読めません。ホテルに戻った後、AIの力を借りて調べてみました。作品名はEl samurai(サムライ)、1961年頃の製作とあります。作者はNoemí Gerstein(ノエミ・ヘルステイン)、ブエノスアイレス出身の女性で、残念ながら1996年に没しています。「サムライ」という作品名ですが具象的な武士像を模したものではなく、サムライ的な精神性を連想させるべく付けた題名とのことでした。
私のこの作品からの連想は、左手に盾を持った闘う者の亡霊です。この人物は生前にどんな立場にいたのか、亡霊になってまで戦う姿勢を持つのは何故なのか、裏切りで殺された恨みを抱いて彷徨っているのか。そんなことを想像しながらシャッターを切りました(ネット小説の読みすぎですかね)。


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