世界一周2回目 no.41 – ブエノスアイレスの二つの美術館で巡るアルゼンチンの近現代美術【2026年2月18日】

buenos-aires-museo-moderno アルゼンチン
ブエノスアイレスの現代美術館に展示されていた巨大な人形

ブエノスアイレス現代美術館(MACBA)

今日はウルグアイのコロニア・デル・サクラメント(Colonia del Sacramento)からブエノスアイレスのエセイサ国際空港(Ezeiza International Airport)空港に向かいます。飛行機の出発が深夜ということもありブエノスアイレスで時間ができます。そこでアルゼンチンの近現代の美術を展示する二つの美術館を廻ってみることにしました。

ブエノスアイレス現代美術館(MACBA: Museo de Arte Contemporáneo de Buenos Aires)とブエノスアイレス近代美術館(Museo Moderno: Museo de Arte Moderno de Buenos Aires)の二館です。実はこの二館は並んで建っており、フェリーターミナルから歩ける距離というのも訪問の決め手になりました。

最初に訪れたのがMACBAです。入場料はARS8,000、日本円で800円くらいですね。非常にこじんまりとした美術館で、展示作品の鑑賞はもちろんなのですが不調法な私としては館内の非日常的な雰囲気の方が楽しめました。

ブエノスアイレス現代美術館(MACBA)。本当に小さな美術館でした。
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小さな美術館だけにロッカールームもなく、小さな受付に係員が一人いるだけです。私の荷物一式(ザックと手提げ)を彼は受付スペースで預かってくれました。これはありがたかったですね。

展示作品はさすがに現代美術、抽象度高すぎ

展示作品は抽象画や抽象的な工作、実験的な写真といった内容です。正直、それらの作品自体に心を動かされることはありませんでした。1時間弱の鑑賞を終えてお隣のブエノスアイレス近代美術館に向かいます。

抽象度が高すぎて理解は苦しかったです。
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比較的印象に残った作品がこれ。繭の中にいる幼虫を連想しました。
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ブエノスアイレス近代美術館(Museo Moderno)

ブエノスアイレス近代美術館は「現代」ではなく「近代」と銘打っているだけに現代美術よりは私の感性に合いそうな期待があります。そんな期待を胸に抱きながら入館します。なんと入場料が無料、今日が水曜だからでしょうか(web情報では水曜日は無料とありました)。

こちらは本格的な美術館、ロッカーもあればカフェも併設されています。ただロッカーには、手提げは入りましたがザックは入りません。受付の係員に尋ねると、やはり受付で預かってくれるとのこと、ありがたいことです。

併設のカフェが優れモノ、多くの席で電源を取ることができ、長居が問題なくできる雰囲気なのです。実際、窓際のカウンター席ではパソコンを電源に接続して、コーヒー一杯で相当の長時間(少なくとも私の滞在時間以上の時間)にわたり作業をしている人が数人いました。空いていることもあり、そうした人たちにとっても居心地は全く悪くない、そんな雰囲気です。

ブエノスアイレス近代美術館(Museo Moderno)は規模的にも、施設的にも一般的な美術館でした。
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美術館の中のカフェ。電源があり、そこそこ空いている。これが居心地の良さの決め手ですね。基本セルフなので、誰かが食器を下げにくることもありません。
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不気味な人形たち

展示品についても言及させてください。何とも不気味な人形たちの特設展示的なコーナーがあり、覗いてみることにしました。展示されている人形は、アルゼンチンの前衛演劇グループ「エル・ペリフェリコ・デ・オブヘトス(El Periférico de Objetos」の作品で使われたものです。彼らは人形や日常の物体を舞台上の「登場人物」として扱い、俳優の身体や舞台装置と組み合わせて独特の演劇を作り上げたとのことです(コーナー入口に掲示されていた解説文に拠ります)。

私の目を惹いたのは、この人形たちの不気味さと、醸し出される空虚感です。人形は皆、子供です。そして、どこかが欠損しています。展示室のライティングの効果と相俟って、何とも表現し難い不思議な空間が創られていました。

同系統の造形を持つ人形たち。子供で、欠損のある体です。虚ろな目に何を語らせたかったのか。そんなことを考えながら人形たちを見つめました。
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同系統に属する人形以外の展示もありました。骸骨ですが若干抽象化された造形です。どんな意味を持たせるべく抽象化したのでしょうか。
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展示の説明によると、こうした作品の背景にはアルゼンチンのつい最近までの歴史があるとのことです。アルゼンチンは、1976年から1983年まで軍事政権の時代でした。その間には、多くの人が拘束され行方不明になっています。軍事政権あるあるの国家による暴力が常態化した時代であり、十分に同時代といえる時期のことです。社会に深い傷を残したのでしょう。

その記憶は民主化後も文化や芸術の世界に大きな影響を与えています。この前衛演劇グループの作品も、そうした時代に対する一種のアンチテーゼとしての表現なのかもしれない、そう感じました。壊れた身体を持つ無表情の人形たち、これは歴史の中で傷ついた人々の記憶の暗示ではないかと思いました。

ダリラ・プッツォビオ(Dalila Puzzovio)

もう一つ、印象に残った特設展示コーナーに触れたいと思います。ダリラ・プッツォビオ(Dalila Puzzovio)という1960年代に活躍した女性アーティストの足跡を紹介するコーナーです。彼女を表す最も適した呼称はファッションデザイナーです。ただ、そんな彼女の活動を展示するコーナーが美術館に特設されているのは、ファッションデザインを従来の服飾の枠から「芸術」にまで昇華させたと評価されているからです。

照会されている彼女の作品や活動は、いわゆる「前衛芸術家」としてのそれです。その内容自体については、正直私は評価する目を持ちません。私が興味を惹かれたのは、そうした彼女の存在や生き方といった部分です。以下に示した彼女の写真を見てください。強い視線が見る者を捉えて離しません。

ダリラ・プッツォビオの肖像です。左腕に付けられた針刺し(多分?)が、ファッションデザイナーであることを強調しているような気がします。
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軍事政権によって社会が負った傷

1970年代後半から80年代前半にかけての軍事政権時には、多くの人が拘束され、行方不明になっています。この問題は今でもなお解決されずに存在し、社会に深い傷を残しています。簡単に過去を振り返ってみましょう。混乱の芽はさらに遡って存在していました。

1946年に大統領となったフアン・ペロン(Juan Perón)は、労働者の権利拡大や社会福祉の充実を進め、妻エバ・ペロン(Eva Perón、愛称はエビータ(Evita)です)とともに強い大衆的支持を築きました(彼女は1952年、33歳で子宮頸がんにより亡くなっています)。その一方で、教会・軍部・中産階級・知識層との対立を深め、1955年の軍事クーデターで追放されることになります。ペロン主義は法律で禁止され、ペロンの名前や肖像すら公共空間から消されるという徹底した弾圧が行われました。その一方で、労働者階級の支持は地下でむしろ強まっていきました。

1955年以降のアルゼンチンは、軍政と制限付き民政が交互に現れる不安定な時代となりました。1966年に始まった軍政は経済再建にも治安回復にも失敗し、左派ゲリラの台頭や社会の分断が深刻化します。もはや軍政だけでは国家を統治できない状況となり、1973年に民政移管が行われます。選挙ではペロン主義が圧勝し、18年振りにペロン本人が帰国して大統領に復帰したのですが、翌1974年に死去。後継のイサベル・ペロン(Isabel Perón)政権は統治能力を失い、国内の暴力はさらに激化します。イサベル・ペロンは、フアン・ペロンの三番目の妻でした。

1976年、軍部は再びクーデターを起こし、アルゼンチン史上最も暗い軍政期が始まります。秘密拘束施設での拷問や強制失踪が横行し、犠牲者は2〜3万人と推定されています。1982年のフォークランド戦争敗北で軍政は求心力を失い、1983年にようやく本格的な民主化が実現します。そうした中、現在に至るまで失踪者の身元特定や記憶継承が続けられています。

暗い時代を象徴する壁画

ブエノスアイレスの街中で大きな壁画に出会いました。抑圧される人々とそれに抗う市民の姿(と思しき内容)が描かれています。現代のアルゼンチンが歩んだ苦難の過去を象徴しているのでしょう。同時に、こうした苦難は過去に過ぎ去ったわけではなく、行方不明者の特定など現在においても進行中の出来事なのだと感じました。

アルゼンチンでは、騎馬警官は権力と抑圧を示す代表的なモチーフだそうです。
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最初にこの絵を見た時、先住民に対する抑圧がテーマなのかなと思いました。よくよく登場人物を見ると、どうやら軍政下での市民に対する抑圧を描いたもののようです。
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