第1回世界一周後半 – 一粒で二度美味しくオーストラリアとタイを巡る+アメリカへ寄り道

この旅の概要

旅行の期間:2025年11月11日~12月10日 合計30日

簡単な旅程:
日本

オーストラリア

タイ

アメリカ(世界一周ルートから外れる寄り道)

タイ

日本

利用航空券:スターアライアンス世界一周航空券

旅のテーマ:
・オーストラリア東部の大都市シドニーと首都キャンベラの観光
・シドニー近郊の山と海、豊かな自然の探索
・タイの首都バンコックの観光と近郊の海辺リゾートを楽しむ
・タイ北部、かつてのゴールデン・トライアングルの一角チャンライの観光

総費用概算:

「一粒で二度美味しく」

世界一周旅行の後半はオーストラリアとタイです。このための航空券は、実は前半と通しの世界一周航空券です。「一粒で二度美味しく」と副題を付けましたが、それはこの後半の旅の航空券が前半と通しの世界一周航空券に含まれるように飛行ルートを組んだからです。この辺の詳しいところは世界一周航空券の解説をしたページや私が実際に世界一周航空券をどう予約したかを解説した投稿記事(以下)を参照してください。

世界一周の前半でカナダ、東ヨーロッパ、トルコと周って一度東京に戻ってきたのが2025年7月26日です。そこから3ヶ月半ほど自宅に滞在し、11月11日に今度はオーストラリアに向けて旅立ちました。これを後半と称しているわけです。前半とは独立した新たな旅と考えることの方が実態を表しているのですが、世界一周航空券上は東京に一時降機したという解釈です。そう、世界一周は未だ途上の扱いです。そこが一粒で二度美味しい所以ですね。

ルートから外れてアメリカへ寄り道

今回の旅行、第1回世界一周後半では途中でイレギュラーな移動を余儀なくされました。12月の上旬にどうしてもニューヨーク(New York)に行く必要が生じたのです。このため、一時的にタイを離れてニューヨークに向かうことにしました。バンコックからのニューヨーク往復です。もちろんバンコック・ニューヨーク往復の航空券は世界一周航空券には含まれていません。別途の購入となりました(お財布的には痛かったです)。

敢えて地図にする必要性は薄いのですが、念のため以下に載せておきます。旅のハイライトは他国と同様に掲載しています。

オーストラリアのハイライト

第1回世界一周の後半、まずはオーストラリア。ここでのテーマは、オーストラリア東部の大都市シドニーと首都キャンベラの観光です。滞在中の詳細を書き出すと長すぎるため、滞在地ごとに何枚かの写真を載せてキャプションを付すだけにします(タイも同じ扱いです)。本ページとは別に、旅の様子は詳細なブログに記しました。国ごとにそうしたブログを見やすく纏めていますので、よければ参照してください。

美しく自然豊かな街シドニー

ハイド・パーク(Hyde Park)内にあるアンザック・メモリアル(Anzac Memorial)です。ANZACとは、Australian and New Zealand Army Corpsの略で、第一次世界大戦に派兵されたオーストラリアとニュージーランドの兵士を指します。祖国から遥かに遠い地で倒れた兵士を悼むための施設です。
ハイド・パークから緑地伝いに北に進めばにニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(Art Gallery of New South Wales)に行き当たりました。州立の美術館ですが構えは立派、常設展への入場料は無料です。収蔵品は絵画から彫刻、その他種々様々で、入場料が無料の美術館としては破格の内容でした。
シドニーを代表する建築物、ご存じオペラハウスです。シンボルマークともなっている貝のような屋根は、見る位置によって様々な表情を見せてくれます。
シドニーはシドニー湾の両側に広がる水の都市でもあります。ハーバー・ブリッヂとオペラハウスが望めるこの眺望は、私のお気に入りです。

シドニー近郊ブルー・マウンテンズの自然

今回のオーストラリア訪問の大きな目的に、シドニー近郊の山と海、豊かな自然の中でトレッキングを楽しむことがあります。そのための最初の目的地がブルー・マウンテンズ(Blue Mountains)です。ギアナ高地を思わせるような台地と崖、そこから流れ落ちる標高差のある滝、台地の上と崖の下に縦横に走るトレッキングコース、訪れるにはとても魅力的な地域です。

広がるのは紛れもない絶景、息を呑む美しさです。台地上の山(高地?)と緑の峡谷が織りなす景色が果てしなく続きます。
このような滝が様々なトレッキングコースの随所で見られます。標高差のある積み重なった砂岩の上を、糸を引くように水が流れ落ちていきます。
崖下の降りると、崖上とは全く異なった世界が広がります。このコースでは滴り落ちる水のカーテンの内側を通りました。
中央に写る特徴的な二本の植物ですが、木ではなく木生シダ(Tree fern)です。ブルー・マウンテンズの渓谷の、特にGrand Canyon trackやWentworth Falls付近の森を代表する植物です。

シドニー近郊の海辺の街バンディーナ

ブルー・マウンテンズを堪能した後は、シドニー近郊の海を巡る自然の中でトレッキングを楽しむためにバンディーナ(Bundeena)に移動します。バンディーナはロイヤル国立公園(Royal National Park)内に巡らされたトレッキングコースの起点となる、海沿いの小さな街です。

海辺の集落といった雰囲気のバンディーナですが、街並みは綺麗で家は豪華です。海辺の風光明媚な場所で国立公園に隣接している、さらにシドニーまではそれほど遠くはない。こう考えると羨ましいですね。
街に面した海岸です。とにかく綺麗、素晴らしい眺めです。
ロイヤル国立公園のコースト・トレイルから眺めた南太平洋の海岸線です。コース上ではこのような景色が延々と続きます。
ウェディング・ケーキ・ロック(Wedding Cake Rock)と呼ばれる美しい白い岩です。海風や雨による風化でこの部分の表面の鉄分が失われ、石英主体の白い砂岩が露出した結果、このような外見になったとのこと。大変に脆く、これ以上近づくことはできません。

首都キャンベラとオーストラリア戦争記念館

オーストラリアの首都キャンベラ(Canberra)まで日帰りで行ってきました。目的はオーストラリア戦争記念館(Australian War Memorial)を訪れることです。シドニー・キャンベラ間は陸路で300km弱、東京から豊橋くらいまでの距離に当たります。バス便が多く出ており片道4時間弱、往復では結構な時間を要しますが、日帰り可能な範囲ではありました。

オーストラリア連邦成立後、シドニーとメルボルンのどちらを首都にするかで対立したため、その妥協案として両都市の中間付近に新しく建設された都市がキャンベラです。計画都市であるだけに、街全体が美しく整備されています。
オーストラリア戦争記念館の正面入口です。どこの国にも存在するこうした施設では、自国が関与した戦争にまつわる物語が自国目線で語られています。第二次世界大戦にはオーストラリアも参戦していおり、その時の相手国は日本です。
「日本軍は南へ迫っている(HE’S COMING SOUTH)」と書かれています。ポスター下部には、「戦うか、国のために役割を果たすか、さもなくば滅びる(It’s fight, work or perish)」といった意味の文が置かれています。日本軍南進の危機意識を煽り、国民に戦争遂行への貢献を求めるポスターです。

第1回世界一周後半のオーストラリア編ハイライトは終了です。キャンベラからシドニーに戻り、その後タイに向かいました。ただこれはハイライト、繰り返しになりますがオーストラリアの旅で訪れた地で感じたことやそこで撮った写真は一連のブログに纏め、国ごとのページに掲載しています。是非、以下のそのページもご覧ください。

タイのハイライト

オーストラリアでの足掛け15日にわたる滞在の後、2025年11月25日にシドニーからバンコックへ飛び、タイに入国しました。途中でニューヨークまで往復するというイレギュラーな予定が入りましたが、その旅程も含め旅の概要をハイライトでお届けします。旅の様子の詳細は、以下の国ごとのページに関連するブログを掲載することで纏めまています。是非参照してください。

王室ゆかりの高級リゾート・ホアヒン

タイに入国後、まず向かったのはホアヒン(Hua Hin)。バンコク市街を越え、マレー半島西岸のタイ湾沿いを約200km南下した場所にあるリゾート地です。ホアヒンにはタイ王室の離宮が置かれ、歴代の国王が長年にわたって避暑・静養の地として利用してきました。そのためか、タイ室ゆかりのリゾートと呼ばれています。

ホアヒンに置かれた離宮、クライカンウォン宮殿。
from Tripadvisor
ホアヒンでは、シェラトン・ホアヒン・プランブリー・ヴィラズに滞在しました。このような贅沢な宿への滞在は、タイへの入国以降12月1日までの間、私の妻と姉の日本からの合流を得て3人旅となったからです。
シェラトン・ホアヒン・プランブリー・ヴィラズではのんびりと贅沢な時間を過ごしました。さすがに施設は整っており、プールの向こうに海が見えます。

王都バンコックとその近郊

ホアヒンでの滞在を終え、バンコックに入ります。バンコックでは、鉄板の見どころ満載ツアー「アユタヤ遺跡+水上マーケット+メークロン線路市場観光ツアー」に参加いしました。日本人中心の大型バスツアーへの参加は初めてでしたが、バンコック周辺の見どころをコンパクトに訪れることができ、楽しめました。

バンコックで滞在したホテルは繁華街アソークにありました。大型ショッピングモールのターミナル21・アソークも至近の距離で、とても便利でした。
バンコクの南西約80kmにあるメークロン駅周辺に広がるメークロン線路市場の一コマです。ツアーの見学先の一つです。線路脇の店は観光客相手の土産物屋が多いのですが、奥の店は地元の人々の日常の市場として機能していました。
ダムヌン・サドゥアック水上マーケットです。ここもツアーで訪れました。運河沿いでは人々の生活も垣間見ることができますが、基本は観光客向けの土産物屋が中心です。
バンコク王宮に建つ黄金に輝く仏塔。王宮はバンコック市内で必須の訪問場所です。
王宮の敷地を出てから西に向かうとチャオプラヤー川にぶつかります。川にはフェリーが運航されており、日常の交通機関となっています。写真はフェリーから撮りました。

アユタヤ:栄華と滅亡の歴史を刻む古都

アユタヤ(Ayutthaya)もツアーの訪問地でした。とても印象深かったことから、独立した項目を立てました。アユタヤは1350年頃に築かれ、以後約400年にわたり、シャム王国の王都として栄えた古都です。1767年にビルマ軍がアユタヤを攻撃し、都市は破壊されました。その後、王都は再建されることなく、今は遺跡が残るだけです。

頭部を失った仏像が並ぶワット・マハータート。1767年のアユタヤ陥落がどのようなものだったのか、想いを馳せると身が震えます。
木の根に包まれた仏頭。長い年月の間に成長した樹木の根が地面にあった仏頭を包み込んで今の姿になりました。滔々と流れる自然の時間の中での人の営みの儚さ、そんなことを考えました。
かつては王宮の一部として壮麗な建築群が広がっていた場所ですが、1767年のビルマ軍によるアユタヤ攻略によって建物の大部分が失われ、今は3基のチェディ(仏塔)が往時の姿をとどめるに過ぎません。

ちょっとアメリカへ寄り道

世界一周旅行の途中なのですが、12月の上旬にどうしてもニューヨーク(New York)に行く必要が生じました。長い旅行期間、こうしたことも起こります。私の世界一周はまだ続きますが、妻と姉はバンコックの滞在を終えて今日(2025年12月1日1)帰国します。そこでこのタイミングに合わせ、私も一時的にタイを離れニューヨークに向かうことにしました。

旅の様子は詳細は、例によって関連する一連のブログを括った国ごとのページを参照していただければ幸いです。

ANA羽田・ニューヨーク便ファーストクラス

バンコックからは羽田経由でニューヨークに向かいます。幸運なことに羽田・ニューヨーク便でファーストクラスへのアップグレードができました(アップグレードポイントの利用です)。めったにない機会、ファーストクラスの搭乗感をお伝えします。

ファーストクラスのシートです。広さはもちろんですが、正面のスクリーンの大きさに圧倒されます。座面には風呂敷包みが置いてあり中身はスウェットの上下、機内で寛ぐための着替えです(私は着替えが面倒で利用しませんでした)。
ファーストクラスのファーストたる所以は、座席の広さもさることながら本髄は何といても食事です。何品も出ましたが、写真はお刺身です。機上でのお刺身は初めてでした。
フライトも半ばで口が寂しくなり、デザートとお茶をお願いしました。お茶は、エコノミークラスでは紙またはプラスチックのカップで、ビジネスクラスでは陶器製のカップをソーサーに載せて、そしてファーストクラスでは写真のようにポット付きで提供されます。

9月11日記念館・博物館

ニューヨークでの滞在中、時間の余裕を見て9/11 Memorial & Museum(国立9月11日記念館・博物館)を訪れました。9/11 Memorial & Museumははその名のとおり、MemorialとMemorial Museum二つの施設の集合体です。前者は追悼施設、後者はMemorialの地下に設けられた博物館です。当時の写真や遺品、建物の残骸などを通して、事件の経緯と犠牲者について詳しく知ることができます。

「No Day Shall Erase You From the Memory of Time(いかなる日も、あなたを時の記憶から消し去ることはない)」、ローマの詩人ウェルギリウス(Virgil)の著作からの引用です。
ワールド・トレード・センターのツインタワー跡地には、二つの巨大な正方形の水盤が設けられています。プールの縁には犠牲者の名前が刻まれており、絶え間なく流れ落ちる水は、失われた命を静かに悼むかのようでした。
ワールド・トレード・センター地区は2001年の9・11同時多発テロで大きな被害を受けました。その後再建され、今では高層ビルが再び立ち並んでいます。

タイのハイライト再び

ニューヨークからバンコックに戻ると、そのままタイ北部の街チェンライに飛びました。チェンライはタイの最北部に位置する都市で、ミャンマー、ラオスと国境を接するゴールデン・トライアングル地帯のすぐ近くにあります。チェンライを訪れた最大の理由がゴールデン・トライアングルに行くことで、そのための現地ツアーにも参加しました。

タイ北部の古都チェンライ

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ホワイト・テンプルとブルー・テンプル

ワット・ロンクン(Wat Rong Khun)、通称ホワイト・テンプルとワット・ロンスアテン(Wat Rong Suea Ten)、通称ブルー・テンプル、この二つの寺院は建立が最近ですが、既にチェンライの観光スポットとして名を馳せています。ゴールデン・トライアングル用の現地ツアーにも組み込まれていました。仏教の国タイで芽吹いた現代の感性を映す新しい寺院の形なのかもしれません。

建物全体が白く輝き、その意匠も独特の幻想的な雰囲気を醸しています。ホワイト・テンプルは、夢幻の中で見る新しい寺院の形なのかもしれません。
ホワイト・テンプルの敷地内に趣の全く異なる建物があります。ヒンドゥー教の神であるガネーシャ(Ganesha)を祀る金色に輝く祠、ガネーシャ祠です。
ブルー・テンプルの本堂内部。白い磁器製の仏像が安置されています。ブルー・テンプルの設計者はホワイト・テンプルの設計者の弟子とのこと、コンセプトが似るのも当然かもしれません。

チェンライ近郊その他の見どころ

ゴールデン・トライアングルに行くために参加した現地催行ツアーは当たりでした。ホワイト・テンプルとブルー・テンプル以外にも幾つかの訪問地がセットされており、いずれもが興味深い内容でした。

バーンダム博物館の敷地内に設置された黒い巨大オブジェ。バーンダム博物館はチェンライ出身の芸術家、タワン・ダッチャニーの作品を展示する博物館で、彼の世界観を体現するユニークな空間が広がっています。
カヤン首長族の村も訪問地の一つでした。ミャンマーで迫害を受けタイに逃れてきたカヤン族の人々が住む集落です。カヤン族の女性は首に真鍮製のリングを重ねて身に着けるという独特の文化を有しています。彼らの歩む道に思いを馳せると、考えさせられることが多いです。
チュイフォン茶園です。当初はツアーにありがちな、有無を言わせない土産物屋への立ち寄りかと思いました。そんなことはなく、セコい私が併設されたショップでお茶の葉を2パック買ってしまうほどに商品の品質は高かったです。

ゴールデン・トライアングル

チェンライ行の本命、ゴールデン・トライアングルです。どうしてもここに来たいと思っていたのは、三つの国が国境を接する紛争地帯、そこで栽培されるケシの花と密造されるアヘン。ゴルゴ13のストーリーを彷彿とさせるスリリングな場所というイメージがあったからです。もちろん今は違います(というか、そんな場所なら危なくてとても行けません)。なかなか感じることの多い場所でした。

中央の大きな川がメコン川、その対岸がラオスです。左手からルアック川がメコン川に合流しています。メコン川とルアック川に挟まれる地域がミャンマーとなります。手前はタイ、そこから撮った写真です。
ケシの実から生アヘンを採取する工程を再現した精巧な模型。アヘン博物館の展示品です。1949年の中華人民共和国の成立後に中国国民党軍(KMT)の残存部隊がミャンマーのシャン州へ逃れ込み、活動の資金源として国境地帯のアヘン生産・交易を組織化・拡大させたことが事の始まりでした。
中国系企業キングス・ロマンズ・グループによってラオス領内のゴールデン・トライアングル特別経済区に建設された高層ホテルや住宅・商業施設群です。米国財務省は2018年にキングス・ロマンズとその経営者をマネーロンダリングや人身取引、麻薬密輸に関与する「国際犯罪組織」として制裁対象に指定しました。闇はまだ続いているのかもしれません。

チェンライが第1回世界一周の後半で立ち寄った最後の地です。タイ航空の国内便でバンコックに戻り、そこからANA便で羽田を経由して伊丹空港に帰着しました。世界一周航空券の上では2025年6月16日の第1回世界一周前半出発日に伊丹空港を飛び立ち、その航空券の最終帰着地である伊丹空港に戻ってきたことになります。

これで長かった旅が終わりました。この世界一周旅行のページは旅の概要をハイライト形式で綴ったものです。繰り返しになりますが、旅の詳細は関連する一連のブログを括った国ごとのページを参照していただければ幸いです。タイの項は以下になります。

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