戦争記念館というもの
キャンベラでの目的はオーストラリア戦争記念館(Australian War Memorial)です。どこの国でもこうした施設はあり、自国が関与した戦争にまつわる物語が紡がれています。もちろん、こうした物語は自国からの目線で語られており、相手国から見ればまた違う物語が存在します。第二次世界大戦にはオーストラリアも参戦していおり、その時の相手国は日本でした。
この戦争記念館ではそこがどのように表されているのか、この点に対する関心が私が戦争記念館を訪れたいと思った理由です。こうした施設を訪れる時にいつも感じることは、これに該当する施設が日本にはあるのだろうか、あるとすればどの施設だろうか、ということです。もし造るとするのであれば、そこにはどのような物語が書かれるのだろうか、そんなことを感じ考えてしまいます。
下の写真はオーストラリア戦争記念館の正面テラスから見た景色です。本投稿記事のトップ写真とはちょうど反対側の景観で、中央から延びる道路の奥には新旧国会議事堂が写っています。掲げられている6本の旗は、両端にオーストラリア国旗、中の4本は左からトレス海峡諸島民旗、オーストラリア戦争記念館旗、オーストラリア国防軍旗、アボリジナル旗となります。先住民の存在を尊重する姿勢を表現していることが印象的でした。

オーストラリアの海外派兵
下の写真の大きな銘板はオーストラリアがその植民地時代から世界各地の紛争に派兵し戦死した兵士の名前が所属部隊ごとに刻まれています。第一次世界大戦及び第二次世界大戦での戦死者は数が非常に多く、別の場所に掲げられていました。
どんな紛争に派兵したのかと興味を持って眺めました。SOUDAN CONTINGENT 1885と書かれているのはイギリス軍による1885年のスーダンでのマフディー戦争介入への派兵です。CHINA CONTINGENT 1900–1901は中国で発生した義和団事件への派兵です。SOUTH AFRICA 1899–1902は第二次ボーア戦争への派兵となります。いずれもイギリス帝国の一員として行われたものでした。

スーダンでのマフディー戦争やボーア戦争は帝国主義や植民地主義の文脈で再評価されており、その正当性についてはさまざまな議論があります。一方、義和団事件への介入も、公使館や外国人の保護という側面があった一方で、その後の列強による中国への過度な介入は批判的に評価されています(義和団事件では日本も派兵しています)。ボランティアの説明員である老齢の婦人にこうした点を聞くと、現代の価値観からは正当化され難い面もあるとの見解でした。
第二次世界大戦に対する見方
第二次世界大戦に関する展示の最初に出てくるパネルです。ヨーロッパにおける1930年代のドイツの再軍備、ラインラント進駐、オーストリア併合、そしてズデーテン地方併合といった拡張政策の展開が、またアジアにおける日本の中国に対する侵略戦争の開始が併記する形で語られています。そうした中でイギリス及びフランスは新たな大規模戦争を避けたいとの思いから、こうした動きを阻止しようとはしなかった旨が書かれています。

このパネルの記述を見るまでもなく、旧連合国側の国々のこうした戦争記念館での展示説明では一般的な内容ですね。彼らサイドから見た歴史的事実が語られていました。歴史的事実といってもどちらの側から語るかによってそのニュアンスは必ずしも同じにはなりません。私の印象としては、それでもかなりな程度淡々と書かれているのかなとは思いました。
敵国日本のイメージ
面白かったのは以下に示すポスターです。書かれている文章は、「団結し、闘志に燃えるオーストラリアは決して奴隷にはならない(A United Fighting Mad Australia can never be Enslaved)」とでも訳すのが適当でしょう。ポスター下部に記された文字は、「ボーフォートが勝利への鍵(BEAUFORTS ARE THE KEY TO VICTORY)」といった意味でしょうか。さらにその下の小さな文字は、「ボーフォート反浪費キャンペーンに参加することで、勝利を早めることができる(YOU CAN HASTEN VICTORY BY JOINING THE BEAUFORT ANTI WASTE CAMPAIGN)」と書いてあります。
BEAUFORTSとはイギリス・ブリストル社が開発した双発の雷撃・偵察・爆撃機Bristol Beaufortのことです。オーストラリアではDAP Beaufortの名でライセンス生産され、約700機が製造されました。この飛行機は、日本軍によるオーストラリア本土侵攻への対抗手段として大量生産された最重要な軍用機の一つでした。このポスターは戦意高揚に加え、DAP Beaufortの生産を支える国民運動の浸透を図る意図ももあったということです。

特に私が面白いと感じたのは、人力車に乗っている人物の顔の造形です。もちろん人力車に乗っているのは日本人、それを曳いているのはオーストラリア人でしょう。日本人と模された人物の顔は、吊り上がった目に丸眼鏡、誇張された鼻や口元、そして黒く塗られた顔など、おおよそ当時の対日プロパガンダに典型的な戯画表現で描かれています。要は、こうした容貌表現が日本人を貶める上での記号だったわけですね。
日本軍侵攻への恐怖
もう一つ、ポスターを紹介させてください。下の写真です。「日本軍は南へ迫っている(HE’S COMING SOUTH)」と書かれています。ポスター下部には、「戦うか、国のために役割を果たすか、さもなくば滅びる(It’s fight, work or perish)」といった意味でしょうか。日本軍南進の危機意識を煽り、国民に戦争遂行への貢献を求めるポスターでしょう。

日本人(日本兵)の描き方は、上のポスターよりもリアルに振っています。人物の造形を見ると、目を細く吊り上げ、口元をしかめ、口ひげを強調し、顔色を暗めに描いています。人力車のポスターほど戯画化はされていませんが、日本兵を威圧的で冷酷な侵略者として描こうという意図が感じられます。このような容貌も、この当時の日本人に対するステレオタイプな印象を反映したものだったのでしょう。

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