世界一周 no.47 – プラハの国立博物館【2025年7月9日】

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新館から入館

建物自体も、かつて

プラハ証券取引所
チェコスロバキア連邦議会
自由ヨーロッパ放送本部

として使われた歴史を持っています。

新館(New Building)がおすすめな人

こちらは展示手法が新しく、映像やマルチメディアを多用しています。

主な展示は

20世紀のチェコ史
共産主義時代
民主化
人々の暮らし
企画展
子ども向け体験展示

などです。

近現代史を展示する新館

新館ではチェコ近現代史をテーマとした展示が充実していた。

展示室には歴代大統領や政治家、文化人など、チェコの歴史に大きな影響を与えた人物の胸像が数多く並び、国の歩みを人物を通して振り返ることができる。

日本ではあまり馴染みのない人物も多かったが、第一次世界大戦後の独立、ナチス・ドイツによる占領、共産主義時代、そして民主化へと続くチェコの激動の歴史を理解する上で興味深い展示であった。

展示は年代順に整理され、写真や映像、実物資料も多く用いられているため、歴史に詳しくない人でも比較的理解しやすい内容になっている。

プラハ城では中世の歴史に触れたが、新館では20世紀のチェコの歩みを学ぶことができた。中世から現代までを一日でたどることができ、チェコという国への理解が一段と深まった。

SMRT FAŠISMU!
SVOBODU NÁRODŮM!
ファシズムに死を!

諸民族に自由を!

写真から読み取れる内容は次のとおりです。

ナチス・ドイツを象徴する鉤十字(ハーケンクロイツ)のヘルメット
ドクロ
クモの足(ファシズムがヨーロッパ全土へ広がる様子を表現)
有刺鉄線(占領や強制収容所を象徴)
赤軍(ソ連軍)を表す「SSSR(ソビエト社会主義共和国連邦)」の銃剣
地図はチェコスロバキアやポーランド周辺

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第二次世界大戦末期、チェコスロバキアはナチス・ドイツの支配から解放されたが、その後はソ連の影響下で共産主義体制へと移行した。このポスターは戦中の抵抗の一環として作成されたのではなく戦後のソ連の統治の宣伝なのか、判断に迷うところ

第二次世界大戦期のチェコスロバキアでは、地下抵抗組織が密かに反ナチ文書を作成していたが、実際には大判のカラー印刷や地図を用いた派手なポスターを制作する余裕はほとんどなかった。今回プラハ国立博物館新館で展示されていたこのポスターも、しばしば「戦中の抵抗の象徴」と誤解されるが、実際には戦後の政治宣伝として制作されたものと考えられている。

ポスターには、ナチスを象徴する蜘蛛をソ連(SSSR)の赤い剣が貫く劇的な構図が描かれている。さらに、下部には「Smrt fašismu! Svobodu národům!(死をファシズムに、諸民族に自由を)」というスローガンが掲げられているが、この表現は戦後のチェコスロバキア共産党が広く用いた標語で、ソ連を“解放者”として強調する戦後のイデオロギーと一致する。戦中の抵抗運動で一般的だった「人民に自由を(lidu)」ではなく、「諸民族に(národům)」という語彙が使われている点も、ソ連の多民族解放思想を反映した戦後的な特徴だ。

こうした要素から、このポスターはナチスからの解放をソ連の功績として強調し、戦後の新しい政治秩序を正当化するためのプロパガンダ資料として制作されたとみられる。博物館の展示でも、戦時抵抗の資料というより、戦後の政治宣伝やソ連の影響を示す文脈で扱われている。

プラハ国立博物館の新館で、ひときわ不気味な存在感を放っていたこのポスター。ナチスを模した髑髏のクモを、ソ連(SSSR)の銃が突き刺す強烈なデザインです。

元々は1941年にソ連の画家アレクセイ・ココレキンが描いた有名な戦時プロパガンダがベースになっていますが、よく見ると面白い謎が隠されています。実は、書かれている文字がロシア語ではなく、すべて「チェコ語」なのです。さらに背後の地図には、ブラチスラヴァなどチェコスロバキアの都市名が克明に描かれています。

つまりこれはオリジナルではなく、1945年の終戦(プラハ解放)の前後、あるいは戦後のソ連統治下において、「チェコの人々に向けて再制作されたローカライズ版」。
「凶悪なナチスから君たちを救ったのは、偉大なソ連軍なのだ」というメッセージを民衆に植え付け、その後の共産化への支持を集めるための、極めて高度で政治的な宣伝ツールだったわけです。

一枚の絵のディテールから、戦後のチェコが歩むことになった「東側諸国としての激動の歴史」の幕開けが透けて見える、非常に生々しく貴重な歴史資料でした。

新館から本館に向かう地下通路

館と新館を結ぶ地下通路には、チェコの歴史を感じさせる大型の彫刻も展示されていた。

写真を見ると

2人の翼を持つ天使(または勝利の女神)
王冠を支えている
中央にボヘミア王国の二尾のライオンの紋章
金色と黒色を基調としたバロック様式

という特徴があります。

これは**ボヘミア王国の王冠と国章を表す装飾彫刻(紋章装飾

写真中央にはボヘミア王国を象徴する「二尾のライオン」の紋章が刻まれ、その上には王冠を二人の天使が掲げている。かつて歴史的建造物を飾っていた装飾彫刻と考えられ、バロック時代の重厚な雰囲気が伝わってくる。

地下通路は単なる連絡通路ではなく、小さな展示空間としても整備されており、本館から新館へ移動する途中でもチェコの歴史や芸術に触れることができる。

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本館と新館を結ぶ地下通路の壁全面を使った映像インスタレーションです。

特に2枚目の写真では、ナチス式敬礼(ヒトラー敬礼)をする群衆が映っており、20世紀のチェコの歴史、特に第二次世界大戦前後をテーマにした演出の一部と考えられます。地下通路全体では、歴史写真や映像が連続的に映し出され、来館者がその中を歩きながらチェコ近現代史を体感できるようになっています。

本館と新館を結ぶ地下通路では、壁一面を使った映像展示が行われていた。

通路の両側には20世紀のチェコの歴史を伝える写真や映像が次々と映し出され、まるで歴史の中を歩いているような感覚になる。

私が訪れたときには、ナチス・ドイツ占領時代を思わせる映像も流れていた。群衆がナチス式敬礼を行う場面が映し出され、チェコの人々が経験した激動の時代を静かに物語っていた。

本館と新館を結ぶこの地下通路は単なる連絡通路ではなく、博物館の展示の一部として設計されており、移動中にもチェコ近現代史に触れることができる印象的な空間だった。

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ナチス・ドイツの台頭とチェコ占領

第一次世界大戦後の1918年、チェコとスロバキアはチェコスロバキア共和国として独立しました。工業が発達し、中欧でも民主的な国家として発展していました。

しかし1933年、ドイツでアドルフ・ヒトラー率いるナチス政権が誕生すると、ヨーロッパの情勢は大きく変化します。

ヒトラーはチェコスロバキア西部のズデーテン地方にはドイツ系住民が多いことを理由に、この地域の割譲を要求しました。

1938年9月、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの4か国による「ミュンヘン会談」が開かれ、チェコスロバキアは交渉の場にも呼ばれないままズデーテン地方を失います。

そのわずか半年後の1939年3月、ドイツ軍はプラハへ進駐し、チェコ地方は「ボヘミア・モラビア保護領」として事実上ナチス・ドイツの支配下に置かれました。一方、スロバキアはドイツの影響下にある形式上の独立国となりました。

第二次世界大戦中、チェコでは抵抗運動も続けられましたが、多くの市民が厳しい統治を受け、ユダヤ人をはじめ多くの人々が迫害されました。

1945年5月、ドイツの敗戦によりプラハは解放されました。しかし戦後まもなく共産党政権が成立し、その後約40年間にわたりチェコスロバキアは社会主義体制の下に置かれることになります。

国立博物館本館と新館を結ぶ地下通路では、このような20世紀チェコの激動の歴史を、写真や映像を用いて紹介しています。ナチス時代の映像もその一部であり、博物館を訪れた人が歴史をより身近に感じられる展示となっています。

数日前にアウシュヴィッツを訪れたばかりだっただけに、この時期のヨーロッパの動乱波乱に待ちた歴史がナチス時代の映像はより現実味をもって心に迫ってきた

建物自体が豪華な本館

こちらは「博物館らしい博物館」です。

主な展示は

鉱物・宝石
恐竜・化石
先史時代
動物の進化
チェコの中世~第一次世界大戦までの歴史
パンテオン(チェコの偉人をたたえる大ホール)
ドーム展望

などです。建物自体が19世紀のネオルネサンス建築で、豪華な中央階段や装飾も大きな見どころです。

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博物館らしい展示の本館

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