世界一周 no.34 – ブダペストに来たら是非訪れる場所、ブダ城その2(神聖ローマ皇帝フランツ二世の顕彰幕)【2025年7月2日】

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オーストリア皇帝フランツのハンガリー王戴冠 from WIKIMEDIA COMMONS

フランツ二世の顕彰幕の階段

ブダペスト歴史博物館に入ってすぐのホールから上に向かい、壮麗な階段が伸びています。その踊り場には胸像が置かれ、その上には幕が掲げられています。国威発揚的な雰囲気を色濃く感じさせる装飾であり、場所です。興味を惹かれたので、若干調べてみました。

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まず、この幕には何と書いてあるのか。書かれた文章はラテン語であり、以下が書かれている内容です。訳も付しました。もちろん翻訳ソフトを使っています。訳文は使うソフトによって微妙に異なるため、日本語としてしっくりくるように私自身の感覚で修正しました。

NOS
FRANCISCUS SECUNDUS
DEI GRATIA
ELECTUS ROMANORUM
IMPERATOR
SEMPER AUGUSTUS


フランツ二世
神の恩寵により
ローマ皇帝に選ばれし
常に尊厳ある者

神聖ローマ皇帝フランツ二世の公式称号(の一部)です。フランツ二世は神聖ローマ帝国の最後の皇帝であり、同時にオーストリア皇帝フランツ一世でもあります。ナポレオン・ボナパルトの圧力により神聖ローマ帝国を解体し、1806年に神聖ローマ帝国皇帝位を退位しました。オーストリア皇帝フランツ一世としては1835年に亡くなるまで在位し、オーストリア帝国の頂点に君臨し続けました。

踊り場に設置された胸像は、セーチェーニ・イシュトヴァーン伯爵(Count István Széchenyi)であると思います(多分)。セーチェーニ伯爵はハンガリーの近代化に尽力した政治家であり、国立セーチェーニ図書館(この階段はブダペスト歴史博物館と国立セーチェーニ図書館を繋いでいます)の創設者でもあります。

神聖ローマ皇帝の顕彰幕配置の背景

神聖ローマ皇帝フランツ二世の威を示す幕が何故ここ、ブダペスト歴史博物館(この博物館の位置付けはハンガリー国立の施設、そう公の施設なのです)に飾られているのか。そんな疑問が浮かびます。そこで、関連する歴史を調べてみました。

1809年、ナポレオン軍にウィーンを占領されたフランツに二世(要はオーストリア皇帝フランツ一世です)は一時的にブダ城へと逃れ、ここを拠点に帝国を指揮しました。ハプスブルク家の皇帝はウィーンのホーフブルク宮殿(Hofburg)に居住し、ブダ城を訪れることは稀です。しかし、この時ばかりはブダが帝国の中心となりました。そんな歴史がブダとフランツ二世にはあります。

博物館がフランツ二世の称号を誇らしげに掲げるのは、ブダ城が単なる地方の城ではなくハプスブルク帝国の主権が物理的に維持された場所であったことを象徴するためなのではないかと思うのです。フランツ二世は神聖ローマ皇帝でありオーストリア皇帝フランツ一世であると同時に、ハンガリー王(フェレンツ一世)でもあったのですから。

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from WIKIPEDIA

歴史の門外漢である私にこれ以上のことはわかりません。上述した内容も、実は私の想像にすぎないということには留意してくださいね。そんな私がハンガリーの歴史に触れた投稿記事が以下です。私の解釈のベースとなった歴史認識です。時間があればご一読ください。

ハンガリーの人々が抱く感情は

様々な歴史的変遷を経てオーストリア帝国の版図に組み入れられたハンガリーですが、ハプスブルグ家に対しては支配者と被支配者という関係ではない歴史が育んだ親しみともいえる感情がある、そんな風にも思えます。というのも、ハンガリーにとってハプスブルク家は外から来た支配者であると同時に、国家を守った同盟者でもあるからです。

実際、1686年にブダをオスマン帝国から奪還したのは、ハプスブルク家が主導する神聖同盟軍です。ブダの解放ともいえるこの出来事は、ハンガリーにとって国家の再生を象徴するものでした。以後のブダ城は、ハンガリー王国の中心としての役割を取り戻します。また、1867年にはオーストリア=ハンガリー二重帝国が成立し、ハンガリーは自治を獲得し帝国の一翼を担ってきました。

こうした歴史の積み重ねの中でハプスブルク家に対し、単純な敵意でも盲目的な忠誠でもない独特な感情が、ハンガリーの人々の間に醸成されていったのではないかと感じます。この感情を言葉で表すことはなかなか難しいのですが、強いて言えば「敬意を持ちつつも距離は保つ」ということでしょうか。まあ、これも私の印象に過ぎませんが。

このような感情の体現が、国立の施設であるブダペスト歴史博物館の、それも非常に目立つ場所での神聖ローマ皇帝フランツ二世の顕彰幕の配置なのではないでしょうか。

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